ピカッ、と一瞬視界が真っ白になって、空に重く立ち込めていた雲からはついに雨が降り出した。
ああ、そういえばまだベランダに洗濯物を干したままだった。
慌てて取り込もうと身を乗り出すと、アパートに駆けこんでくる人影を見つけた。
遠くからでもすぐにその人だとわかってしまうのは、毎日のようにその姿を目で追ってしまっているからだろう。
取り込んだばかりの洗濯物の中からタオルを引っ張り出して、気づけばアパートの階段を駆け下りていた。
階段の先に、濡れてしまった服を豪快に払う後ろ姿を見つけてしまえば、私の心臓はますます大きく鳴りだす。
一歩、また一歩と焦る気持ちを抑えながら彼との距離を縮めて、大きな背中に呼びかける。
「あの!」
私のその声に気がついて、その人はゆっくりと振り返る。その表情は初めは、ん?という感じのものだったけれど、すぐにいつも会う時のそれになった。
「さん!どうしてここに・・・ってそういえばここに住んでるんでしたね」
「はい。丁度部屋から近藤さんが走ってるのが見えたんです。これ、よかったら使ってください」
そういってタオルを差し出すと、彼は手を伸ばしかけて、すぐに引っ込めてしまった。
「いやぁ、このくらい平気ですから!ありがとうございます」
「どうしたんですか?あ、これ今取り込んだばかりなんで綺麗ですよ?安心してください」
「いやいや!そういうんじゃなくて・・・」
「?」
「その・・・俺、さっきまでそこらじゅう走り回ってたんで、汚れてるんですよ。そんな綺麗なモノ、使えないです」
そんなことを気にしていたのか、と思ったが、そういうところがなんとも彼らしいと思う。
きっとまた口で言っても、彼は遠慮して使ってくれないことが想像できて、私は実力行使にでた。
つかつかと彼に歩み寄って精一杯背伸びをすると、きょとんとした彼の顔がいつもより少し近くに見える。
えいっ、とその頭にタオルをかぶせて、少し強引にその髪を拭いた。
「わっ?!さん?!」
「もう拭いちゃいましたから。遠慮しないで使ってください」
私が笑ってそう言うと、近藤さんはちょっと間をおいてから、ふっと笑みをもらした。
「敵わないなぁ、あなたには。じゃあ、ありがたく使わせてもらいます」
そして彼が髪を拭き始めると、雨の匂いと、ほんの少し、近藤さんの匂いが鼻をくすぐった。
ドキっとして、ちらりと彼を見れば、雨に濡れたせいかいつもより色っぽく見える。
そんな私の視線に気がついたのか、近藤さんは顔をこちらへと向けた。心なしか、彼の顔は赤くなっているように見える。
「あの・・・なんか・・・」
「・・・どうかしましたか?」
そう答える私の顔も、たぶんきっと赤くなっている。
「いやぁ、なんか・・・恥ずかしいですね・・・」
「?」
タオルを首にかけて、まじまじとそれを見ながら彼は言う。
「これ、イイ匂いがして、なんかあなたみたいだな・・・って、俺は何を言って?!すみません、変なこと言って」
その言葉に、かぁーっと顔が熱くなるのがわかる。
どうしよう。
すごく恥ずかしいのに、それと同じくらい嬉しいと思う自分がいる。
でも、ずっと黙ったままの私をみて、近藤さんは更に慌てて、ごめんなさい、セクハラじゃないんです!と必死に謝ってくる。
そんな姿が愛おしくて、一歩近づいて私は彼の上着の袖をきゅっと掴んだ。
「ごめんなさい。私も、同じようなこと、考えてました・・・」
そう言って視線を上に向ければ、赤い顔のままで私を見つめる視線と交差する。
言葉の意味がわからないのか、その瞳はきょとんとしていた。
それにこたえるように、私は恥ずかしいけれど言葉を続ける。
「さっき、雨の匂いと一緒に、近藤さんの匂いがしたような気がして・・・なんか、いいなぁって思ってたんです。だから、おあいこ・・」
私が言い終わるより早く、体が大きな力に引き寄せられて、ふわりと優しい匂いに包まれた。
「あ〜、もう!あんまりそういうこと言っちゃだめですよ!」
「え・・・?」
「俺、単純なんですから・・・勘違い、しちゃいますよ?」
耳元で聞こえてくる声も、触れ合っている頬も熱っぽくて。
その熱にうなされるように、私は彼の背中に手をまわした。
「大丈夫です・・・勘違いなんかじゃないですから」
雨よ、止まないで
タイトルは確かに恋だったサマより。