「よし、これで全部できた」
最後のリボンをかけ終えては、ふぅ、と息を吐いた。
テーブルの上には小分けにラッピングされたマフィンが山積みになっていて、うっかり触ってしまえば一気に崩れてしまいそうな状態だ。
いそいそとがそれらを大きな紙袋に入れ始めると、それまで横のソファーで知らん顔でジャンプを読んでいた銀時がちらりと彼女に目を向けた。
「・・・お前もよくやるねぇ、あんな奴らにやることねーのに」
その言葉に、がその視線を銀時に向けると、彼はゆっくりと体を起こした。
拗ねたような表情を隠そうともしない様子に、は思わずクスッと笑ってしまう。
「何、ヤキモチ焼いてるの?大丈夫だよ、銀ちゃんの分はちゃあんと別に用意してあるから」
にっこりと笑うを見て、銀時は小さくため息をつく。
「そりゃ・・・当然だろ。俺が言いたいのはだなぁ・・・」
「近藤さんのこと?」
少し下がった声のトーンに銀時は一瞬押し黙ったが、そうだよ、と肯定した。
「あんなゴリラのどこがいいんだよ?銀さんの方が何倍もイイ男でしょ?」
「・・・ゴリラじゃないもん!それに銀ちゃんなんか近藤さんの足元にも及ばないんだから!」
ムキになって自分を睨むように見つめる彼女に近づくと、銀時はその頬を両手で引っ張った。
少しだけうるんだ瞳がじっと自分に向けられて、思わずプッと吹き出してしまった。
「ま、そんだけ元気なら大丈夫か」
銀時が両手を放すと、は自分の頬をさすりながら、頭には‘?‘を浮かべている。
「しっかりやれよ。あんな野郎に振られるかもってびくびくしてる姿なんざ見たくねーからな」
「あ・・・」
そうか、彼は彼なりに励ましてくれていたのだと、はようやくこの時気がついた。
ここ最近、無意識のうちに顔に出てしまっていたのだろう。
少しわかりにくい彼の優しさが嬉しくて、いつの間にか再び横になっている銀時にお礼を言うと、その勢いのまま真選組屯所へと向かった。
近藤との出会いは、半年ほど前にさかのぼる。
昔馴染みの銀時を訪ねて江戸へきたはいいものの、迷子になって途方に暮れていたを助けたのが彼だった。
「どうしました?大丈夫ですか?」
大きな体で優しく笑う彼に、顔が熱くなるのを感じた。
それは俗に言う一目ぼれってやつで、しかしそれ以後、近藤のどんな姿を見てもその気持ちが揺らぐことはなかった。
そして迎えた2月14日。
この機会に自分の気持ちを伝えようと決めていたのだ。
決戦に臨むような気持ちで屯所の門前に立つと、は大きく深呼吸をした。
「お、やっとお出ましですかぃ」
そう声をかけてきたのは、縁側で昼寝をしていた総悟だった。
の顔から視線を外すと、の持っている紙袋をじっと見つめ、それから再びへと視線を戻す。
にやりと笑う彼の表情に、何となく嫌な予感がして無意識に手に力が入った。
しかし、いつの間にか目の前までやってきていた総悟は、ひょいっと紙袋を取り上げると、中身を確認してスタスタと歩き始めてしまった。
「ちょっ、総悟君!待って!」
「あ、いけねぇ・・・」
「ぶっ!」
慌てて追いかけたは、急に立ち止まった総悟の背中に激突し、赤くなった鼻を押さえた。
「これは自分で渡しなせぇ。後は俺が皆に渡しといてやりまさぁ」
そう言うと、一つだけ綺麗にラッピングされた箱を残して、総悟はさっさと立ち去ってしまった。
「・・・全く、いつも勝手なんだから」
先程の行動がただの気まぐれなのか、はたまた何か企んでいるのか・・・もしかしたら彼なりの優しさなのか。
それをに判断することはできないけれど、助かったのは確かだった。
これで後は近藤にチョコレートを渡すのみ。
はやる気持ちを抑えながら、は近藤の部屋へと向かった。
庭の方から部屋の前まできたはいいものの、ここからどう動いたらいいのかは悩む。
そもそも彼は今ここにいるんだろうか、そう思って近づくと、少し開いている襖の間に彼の姿を認めた。
よし!と覚悟を決めて歩きだしたとき、彼が何かを嬉しそうに見つめていることに気がつく。
「・・・え?」
それは紛れもなくラッピングされているチョコレートらしきもので、の足はそこから一歩も進めなくなった。
もう誰かにもらってしまったのだろうか・・・?そんなに嬉しそうなのは、もしかしてその人の事が・・・
そんなことが頭の中をぐるぐると回っていて、はすぐそこに土方が来ている事に気付くはずもなかった。
「おい、じゃねえか・・・そんなとこで何してんだ?」
「「?!」」
土方の声は思いのほか大きく、だけでなく部屋の中の近藤にまで届いてしまった。
「さん?!」
バタン!と勢いよく襖が開くと、慌てた様子の近藤が出てくる。
「あの・・・私・・・」
どうしたらいいのだろうか・・・なにも言葉が見つからなくて、はただ近づいてくる近藤を見つめていることしかできない。
目の前まで来ると、近藤は少しだけ屈んで、その視線をに合わせた。
「どうしてそんな顔、してるんです?」
心配そうに訪ねてくる彼の瞳には、今にも泣きそうな自分の姿が映っていた。
心の中はさっきの不安でいっぱいのはずなのに、こうして彼が自分のことを気にかけてくれることが嬉しくて、その顔は更に歪んでしまう。
いいじゃないか・・・彼の心に誰がいたって、こうして自分を心配してくれる気持ちは本物なんだから・・・。
そう思った時、の心の中で何かが吹っ切れた気がした。
「・・・近藤さん!!」
「はいっ?!」
「これ、受け取ってください!!」
勢いよく突き出された箱に驚きながらも、近藤はそれを受け取る。
「さん・・・これ・・・?」
戸惑った表情で自分を見つめる近藤に泣きそうになりながら、は精一杯言葉を続けた。
「私、ずっと近藤さんの事が好きでした!初めて会った日からずっと!」
「え、・・・・・・ええええええ??!!」
顔を真っ赤にしてうろたえる近藤をよそに、は一刻も早くここから立ち去ろうと走り出した。
勢いで言ったはいいものの、返事を聞く勇気はもう残っていなかったのだ。
「ちょ、待ってください!さん!」
「嫌です!!」
「お願いですから!」
「嫌です!!」
がいくら必死に走った所で敵うはずもなく、あっという間に近藤はの腕を捕まえた。
「どうして逃げるんですか?まだ話は」
「いいんです・・・もういいんです!」
その言葉に、近藤はしばらく黙って何かを考えていたが、何かを決意したように拘束していた腕を放した。
俯いたままのの頬に両手で触れると、近藤はそっと顔を上に向かせた。
「あなたがよくても、俺はそうじゃない」
いつになく真剣な彼の声と眼差しに瞬きするのを忘れてしまう。
合わさったままの視線に、胸の奥まで焼けてしまいそうだと思った。
「俺だってずっと・・・ずっとあなたの事が好きだった」
ハ ー ト の 行 方 に 右 往 左 往
「・・・じゃあ、あのチョコは・・・?」
「実は・・・今日あなたに渡そうと思ってたんです」
「ええ??!!」
「ほら、逆チョコ、でしたっけ?なんでもいいから気持ちを伝えるきっかけが欲しかったんです」
「なんだ・・・よかったぁ・・・」
「だから、コレ、受け取ってもらえますか?」
「はい!喜んで」
お題:Fortune Fate 背景:ミントBlue
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この後、放置されてた土方は一連の出来事をしっかり見ていた総悟にダメ出しを食らって、
更にのマフィンに総悟が仕込んだカラシに悶絶させられるのでした。何はともあれめでたしめでたし☆
このお話は、バレンタイン・ホワイトデー企画 ETC 様に提出させていただきました。