もう10年以上も前のことになるだろうか。
両親を失って、行くあてがなかった私に声を掛けてくれたのは松陽先生だった。
まだ幼く、これから先のことなんて全く考えらない。
そんなぼんやりとした闇の中にいた私を見つけて、太陽の方へと導いてくれた人。
その背中に導かれるように、私は町外れの学問所へと足を踏み入れたのだった。
「今日からあそこがあなたの家、そして私やあの子たちはあなたの家族ですよ」
小高い丘の上に立つそこには、様々な年齢の子供たちが通っていて、初めのうち、うまく感情を表現できずにいる私を皆は温かく見守ってくれた。
皆それぞれに何か事情を抱えているのはすぐに分かったけれど、お互いそこに触れることはなくて。
だけど同じ何かを抱えているもの同士だから、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
そんな中でも、特に先生を慕っていたのが晋助たちだった。
初めて学問所に来た日、迎えてくれたのも彼らだったのをよく覚えている。
ただ、その後小太郎や銀時とはすぐに仲良くなれたけれど、晋助はなぜか私を嫌っていて、みんなで遊んでいてもいつもそっけない態度だった。
もともとあまり他人を寄せ付けない雰囲気を持っていた晋助だったから、私は仲良くなるきっかけをつかめないまま時間だけが過ぎていた。
でも、私がそこで暮らし始めてしばらくした頃、ちょっとした事件が起こった。
皆でかくれんぼをしていたのだが、夕方になっても晋助だけが見つからなかったのだ。
皆で必死に探したけれど夜になっても見つからなくて諦めかけたとき、私は森の奥を探していて、晋助の草履をみつけたのだった。
慌てて周りを見渡せば、そのちょっと先は崖になっていて、そこには動けないでいる晋助がいた。
「晋助!!大丈夫?!」
大声で呼びかけると、晋助はちらりとこっちを向いて、見ればわかるだろ、と不機嫌そうに答えた。
どうやら足をひねってしまって立てないようだった。
「ヅラか銀時呼んで来い。お前じゃ役に立たねえ」
私のほうを見ないまま、晋助はそう言い放った。
彼の言っていることは正論。
でも、相変らずそっけない態度でそう言われて、さすがにカチンときた私は自分で崖の下に飛び降りた。
「なっ?!お前、なに考え・・・」
「私だって・・・私だって役に立てるよ!!どうして晋助は私のこと嫌うの?何が気に食わないの?」
呆然としている晋助に構わず、私はその腕を肩に回した。
ただただ、こんな状況でも自分を見てもらえないことが悔しくて、悲しくて。
その気持ちだけで、必死に晋助を抱えていた。
「お前・・・何する気だ、まさか俺を運ぶとかいうなよ?」
「その通りだよ。私が晋助を助ける。だから大人しくつかまって」
「ばか!そんなの無理に決まってるだろ」
「出来るよ!晋助が私のこと嫌いでも、私はみんなと同じように晋助のことも大好きなんだよ!少しでいいから私のこと信じてよ!」
そう言うと、私の剣幕に押されたのか晋助は急に大人しくなって、素直に私の背につかまってくれた。
その後は会話なんてする余裕もなく、私は必死に皆の所まで歩き続けた。
そして晋助も、その間一言も話さなかった。
なんとか学問所の近くまで戻ると、私たちを見つけた2人が駆け寄ってくるのが見えて、急に安心して体の力が抜けるのがわかった。
体中の筋肉が悲鳴を上げていて、もう腕の感覚はほとんどない。
その時、私に回されていた晋助の腕にギュッと力が入ったことに気づいた。
「晋助・・・?大丈夫?」
戸惑いながら問いかけると、晋助は私の眼をまっすぐ見つめ返してきた。
「・・・、悪かった」
思いもしなかった晋助の言葉が聞こえて、私はなぜだか涙が込み上げてきた。
そうだ、晋助が私の名前をちゃんと呼んでくれたのは初めてだったんだ。
今までずっと、一緒にいてもほとんど晋助が話してくれることはなかったから。
「?!大丈夫か?怖かったのか?」
「晋助にいじめられたのか?」
急に泣き出した私を見て、二人は勘違いをしたようですごく心配してくれたけど、その涙の意味を伝えられずに私はただ泣いていた。
この日やっと、皆との絆を感じることができて。
私の居場所はここなんだって、ここにいてもいいんだって思えるようになったんだ。