「じゃあ、行ってくるからな。怪我してるやつらのこと頼むわ」
「うん、わかってるよ銀時。気をつけてね」
「、なにかあったらすぐに逃げるのだぞ。いつ何があるかわからんからな」
「小太郎も。私より自分たちの心配しなって」
「じゃあな、行ってくる」
「うん。気をつけてね、晋助」
もう何回こんな朝を繰り返しているだろうか。
松陽先生が亡くなって、学問所も焼けてしまった後、晋助たちは攘夷戦争に参加していた。
私はただ、そんな彼らを見送って、帰りを待つことしかできなかった。
せめて、必死に戦う彼らが帰ってこられる場所だけは私が守らなければ。
そう思っていた。
でも、私が恐れていた日は、あまりにも突然やってきた。
「、話がある」
いつものように夕食の片づけを終えた私に、神妙な顔で声をかけてきたのは銀時だった。
連れて行かれた部屋には小太郎と晋助がいて、やっぱりその表情は硬かった。
なんとなく、嫌な予感がする。
逃げ出したい気持ちを必死に抑えて、促されるままに部屋に入る。
でも、私が座っても誰も口を開こうとはせず、重い空気が部屋を包んでいた。
皆のほうを不安げに見れば、その瞳が揺れていて。
いよいよその沈黙に耐えきれなくなっていたとき、それを破ったのは晋助の一言だった。
「、お前、ここを出ていけ」
「え・・・?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
頭が真っ白になる、というのはこういうことを言うんだろうか。
そんなことが頭を巡って、皆の声がどこか遠くに聞こえている。
「おまっ、もう少し言い方ってもんが・・・」
「どう言ったって、これが俺達の出した結論だろうが」
「ったく・・・これだからお前は」
ここを出ていく、それは皆の帰る場所を守れなくこと、なにより皆の傍という自分の居場所を失うこと。
そう思い知ったとき、心の底から恐怖が込み上げてきた。
「・・・や」
「・・・?」
「嫌よ?!どうして?!なんで急にそんなこと!」
一度表に出してしまった感情は、もう自分ではどうする事も出来なくて。
皆の顔を見ることすら怖くて、嫌だ、嫌だ、と子供のように泣くことしかできなかった。
皆を困らせるだけだと、頭ではわかっているのに。
そんな私の方へゆっくりと足音が近づいて来たかと思うと、ふわりと温かい手が私に触れた。
「・・・なあ、。そのままでいいから聞いてくれないか」
小さな子供をあやすように私の頭を撫でながら話し始めたのは小太郎だった。
「お前は急に、と言ったが、これはずっと皆で考えていたことなのだ。俺たちはいつ死ぬともしれぬ身。それは覚悟の上だ。でもお前は違う。お前は死んではならぬのだ、」
「・・・どうして?私だって、ずっと前から死なんて覚悟してる!
皆と一緒に戦うことはできなくても、皆の帰ってくる場所を守っていたいの!」
「、俺たちはずっとお前の傍でお前を守ってやることができねえ。頼む、お前まで失ったら、俺達にはもう本当に守るものなんてなくなっちまうんだ」
「そんなの・・・私だって同じだよ・・・」
もう私が何を言っても、きっと皆の答えは変わらない。
わかっていても、自分でそれを受け入れてしまったら、もうどこにも私の居場所がなくなってしまう気がして。
涙を止めることができなかった。
*
「銀時、は?」
「泣き疲れて寝ちまった」
「そうか」
の部屋から出ると、襖に寄りかかって立っていたのはアイツだった。
きっとのことを一番大切に思っているのはコイツのはずなのに、そんな態度は微塵も見せやしねえ。
そういう所が気に食わなかった。
きっと誰より、が大切にしているのもコイツのはずなのに。
「いいのかよ。このまま別れちまって」
「何言ってやがる?その話はさっき・・」
「そういうことを言ってるんじゃねえよ!もう会えねーかもしれねえんだぞ!」
肩を掴んで強引に俺のほうへと向かせると、アイツの目の奥が僅かに揺らいでいた。
「じゃあ何か?言ったら何か変えられるのか?違うだろうよ。むしろアイツに余計な荷を負わせて苦しめるだけだ」
そう言って、悲しそうに笑うコイツの顔は本当に悔しそうで。
それ以上俺は返す言葉が見つからなかった。
「だからって・・」
「・・・なあ、銀時。俺たちはもう進むしかねえんだ。あいつには・・・には違う道で幸せになってもらえればそれでいい」
高杉、お前は本当にそれでいいのか・・・?
その言葉は、俺の喉まで出てきたが、ついに外に届くことはなかった。
*
「・・・ん」
目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋だった。
そうか・・・散々泣いて、いつの間にか眠ってしまったんだ。
襖の間から外を見れば、まだ月が煌々と夜空に輝いている。
明日の朝、私はここを出ていかなければならない。
もう残された時間はあと僅かしかない。
皆はもう眠ってしまったのだろうか、そう思って外に出ると、門の上に灯りがついていた。
そういえば、今晩の見張りは晋助のはずだ。
慌てて門へと駆け寄っていくと、その足音に気がついた晋助がこちらを振り向いた。
「、か」
そう言うとまた視線を外に向けてしまった。
「ねえ、晋助。私もそっちに行ってもいい?」
「・・・もう遅い。早く部屋に戻れ」
突き放すような言葉。
それももう聞けなくなってしまうのかと思うと、ここで引き下がることはできなかった。
「いいよ。ダメって言っても行くから」
そう言って門にかかった梯子を登り始めると、晋助は諦めたように私の座るスペースを空けてくれていた。
「ほら、手、かせ」
「うん、ありがとう」
差し出された晋助の手はとても冷たかった。
「寒くないの?こんなに冷たくなって」
隣に座った私は、その手で晋助の頬に触れてみた。
拒絶されると思っていた手は、やんわりと重ねられた晋助の手によって固定されて、そこからひんやりとした感触が広がっていった。
「いや。お前がこうして触れるまで、俺は自分がこんなに冷たくなっちまってる事に気がつかなかった」
そう言って悲しそうに笑う晋助からは、いつもの他人を寄せ付けない雰囲気は感じられなかった。
そうだ。
晋助の厳しい言葉の裏にはいつだって、仲間を思いやる気持ちが隠れていた。
人一倍優しくて、でも人一倍不器用だからそれがうまく伝えられない。
そんな晋助だから、いつの頃からか傍にいたいと思うようになった私がいた。
「晋助はいつも自分のことに無関心で無理するから・・・心配だよ」
「・・・ああ」
俯いたまま交わされる言葉。
お互いの顔をまともに見られないのはどうしてだろうか。
言いたいことはたくさんあるはずなのに、うまく言葉にできないもどかしさだけが募る。
そんな沈黙を破ったのは晋助だった。
「・・・明日は、見送りには行けねえ」
「・・・うん」
「でも」
重ねられていた晋助の手が、私の手を握りしめる。
「俺はお前が生きて、幸せになることを願ってる」
「・・・うん」
本当は、そんな言葉が欲しいわけじゃない。
ずっと一緒に、一緒に幸せになりたいよ。
今更そんなことを言ったところで、きっと何も変わらない。
わかっているからそれが悔しくて、涙をこらえることができなかった。
「、泣くな」
晋助に引き寄せられるままに体を預けると、苦しいくらいに抱きしめられた。
ねえ晋助。
あなたももしかしたら私と同じ気持ちでいてくれているの?
そんな自惚れた考えが沸いていることに気づいて、また泣きたくなってしまう。
そっと晋助の背中に腕をまわして、この温もりを忘れないようにと必死に確かめた。
そして、私の中に浮かんだ一つの思い。
「・・・ねえ、晋助」
「なんだ?」
「笑ってくれない?」
「・・・は?」
呆れたような声とともに、私を包んでいた腕が緩む。
「晋助の笑った顔、覚えておきたいの」
こんなことを言われたら、誰だって困る。
それは十分承知の上だった。
「お前なあ・・・そう言われたって・・・」
「お願い」
晋助の笑顔を最後に見たのはいつだっただろうか。
もうずっと、いつだって見てきたのは苦しそうな表情ばかりだ。
だから、どうしても、私の中に本当の晋助を覚えていたかった。
皆で笑いながら過ごしていたあの頃のように。
またいつか・・・
そんなことを思っても、再び会える保証などどこにもないのだ。
そんな思いが伝わったのか、晋助は小さくため息をついてこちらを見つめ返した。
「じゃあ、お前の笑顔も・・・俺に覚えていさせてくれ」
スッ、と唇に何かが触れて、それが晋助の唇だと気付いた時、そこには優しく笑う晋助がいた。
「ありがとう・・・晋助。忘れないよ」
そして私も精一杯の笑顔でそれに応えたのだった。