「先生・・・台風、こわい」

「私がずっとここにいるから、心配しなくていいよ」

布団の中で震える小さな体を見つめながら、私はその小さな掌を握った。

すがるように握り返してくるその温もりが愛おしくて、自然と笑みがこぼれる。

木造の古い建物は、台風の影響で轟々と音を立てて揺れていて、この子が怖がるのも無理はない。

そういえば、私も昔は雷や台風が怖くて、こんな風に震えていたっけ。

そんなことを考えていて、隣からいつの間にか規則的な寝息が聞こえてくると、私もそこに横になった。

私の手を握ったまま、あどけない表情で眠るその小さな姿に自然と昔の自分を重ねてしまう。

震える私を、先生や晋助たちはこんな風に見ていたんだろうか。

布団に横になって見える光景なんて、今も昔も大して変わらないはずなのに、思うことはこんなにも変わってしまうものなのだと、今更ながらに思う。









・・・今ならよくわかる。

私がどれほど皆に甘えていたのか、そして、皆がどれほど大切に思ってくれていたか。

あのときだって・・・皆のもとを離れる決意なんて、言われる前に自分でするべきだったのだ。

なのに、死ぬ覚悟はできているなんて皆に言って。

・・・大切な人を失う苦しみを、残された人間の悲しみを、私だって十分わかっていたはずなのに。

要は一人で生きていくのが怖かったのだ。

自分と向きあいながら、自分と戦って、この世の中と戦っていく勇気がなかったのだ。

必死になって道を探して生きていくことよりも、あのまま皆を待っていることのほうが簡単だったから。

例えそこで死んでしまったとしても・・・そのほうが。

















予想よりも早く来た台風のせいで、俺と万斉は通過するはずだった田舎町で足止めをくっていた。

「晋助、やはりこの天気では船を動かすのは無理でござる。こんな小さな船ではゆっくり休めぬから、拙者適当な宿を探してくるでござるよ」

「・・・万斉。こんな田舎じゃあ宿自体を探すほうが難しいんじゃねえか?わざわざこんな中歩き回るなんざ、よっぽどここにいるのが嫌と見えるな」

クク・・・と俺が笑えば、奴は小さくため息をついた。

「やれやれ、晋助には敵わぬな。少し・・・気になるものを見つけたでござる」

「気になるもの・・・だと?」

「ああ。ちょっとその辺をふらついていたときに聞こえてきたでござる。不思議な魂の音色が」

「ほお・・・まあ、お前の好きにしたいい。俺はここに居る」

「わかった、では行ってくるでござる・・・」

そうして奴は外へ、俺は艦内の部屋へと足を向けた。

だから、激しい雨音にかき消された万斉の言葉など、聞こえるはずもなかった。
















「・・・少し、晋助に似ていたのでござるよ・・・」

































ガタン、と大きな音で目が覚めた。

いつの間にか眠ってしまったのか・・・そう思った次の瞬間、そこにあるはずの温もりがないことに気づく。

「心太くん・・・?」

布団を触れば、まだ微かにその温もりが感じられた。

まさかさっきの音は・・・!!

そう思って玄関へと走れば、開けっぱなしの木戸が強い風で激しく揺れて、激しい雨と真っ暗な闇がそこから覗いていた。

一体どこに・・・、そう考えて思いあたるところは一つしかなかった。

彼の母親の所。しかし、そこにはたどり着けるはずもない。

吉原・・・女手一つで心太君を育てていたまだ若い母親は、生活に行き詰まり、そこへと売られることを自ら選んだのだ、彼を生かすために。

しかし、大金とともに心太君を預けた家の主は彼を追い出し、そこを私が保護したのだった。













こんな嵐の中では、小さなあの子はたちまち動けなくなってしまう・・・早く見つけないと。

激しい雨の中、微かに残る人が通ったような痕跡を追いかけていけば、町の倉庫の壁に座り込む小さな影を見つけた。

注意深く見なければ見逃してしまうほど消えてしまいそうな彼の姿に、かける言葉がみつからなくて、しばらく遠くから眺めていることしかできなかった。

「・・・心太君。帰ろう?」

ようやく言葉を絞り出して、彼の目の前にしゃがんでそう言うと、ようやく私の存在に気がついたようだった。

それでも、膝に顔をうずめたまま、小さく首を振るだけで、そこを動こうとはしなかった。

そっと触れた髪は、雨にぬれて驚くほど冷たくて、私は寄り添うように彼の隣に座った。

すっかり冷えてしまった体。

雨や風の音以外は何も聞こえない闇の中で、彼の小さな泣き声だけがやけに大きく聞こえて、私はただそれが収まるまで傍にいることしかできなかった。













年をとって、物事が少しわかるようになった所で、今も昔も結局私ができることなんてこれくらいしかない。

それを思い知らされているようで、私はただ雨に濡れるしかなかった。