部屋の窓にもたれたまま、ぼんやりと煙管をふかせばふと昔のことを思い出している自分がいた。
もう決して戻ることのない、甦ることのないものたち。
俺の心もその中に置いてきたはずなのに。
ガラにもなく感傷的になっちまいそうになるのは、きっとこんな嵐の夜だからだろう。
・・・気に食わねえな。
睨むように見つめた窓の外には、強さを増した雨と風が容赦なく叩きつけている。
もう一度飲みなおすか、と部屋を出ようとしたとき、窓の外で人の気配がした。
万斉ということは考えられない。
だからといってこんな田舎の倉庫の陰にとめられた船を警察が見つけるとも考えにくい。
雨と風の音で定かではないが、耳を澄ましてみると何かを叫んでいるようだった。
そっと窓の外の様子をうかがってみれば、そこにいたのはただのガキ。
こんな嵐の中、こんなところにとまっている船に近づいてくるとは無謀もいいところだ。
暇つぶし程度にあしらおうかと窓際に立ち、ちらりとガキの顔を見れば、それに気付いたガキは必死の形相で俺に訴えかけてきた。
「たすけて!!先生が、先生が僕のせいで!!」
脅すような俺の視線に怯むことなく、そのガキは雨と涙でぐしゃぐしゃになりながらも窓を叩き、叫び続けている。
「ねえ、たのむよ・・・早くしないと先生が死んじゃう!!」
「・・・っ」
刹那、脳裏をよぎったのは忌わしい記憶。
(晋助・・・先生が、松陽先生が・・・)
ちっ、と舌打ちをしたのと同時に、体は無意識に窓を開け、俺は外に飛び出していた。
「おい!!さっさと案内しろ!!」
そう言ってガキを抱えると、気づけば雨の中を走りだしていた。
・・・気に食わねえ。
理由はただ、それだけだった。
ガキの案内するままに倉庫街の中を走っていけば、大きな資材が崩れたような光景が目に入った。
この嵐のなかでは、崩れるのも無理はない。
大方、このガキを庇って下敷きになったんだろう。女が一人、うつぶせに倒れていた。
見たところ意識はないようで、ぴくりとも動かなかった。
「先生!!」
俺の腕から飛び出したガキは、その女の前に座り込み、必死に呼びかける。
衝動的にここまできたはいいが、既にあの女が死んでいるのならとんだ無駄足だな。
そんなことを思いながら二人の姿を眺めていると、かろうじて女は生きていたようで、自分の腕を必死に伸ばし、ガキの手に触れようとしていた。
そして女が少しだけ顔をあげたとき、俺の眼に映ったのはそこにいるはずのない人物の顔。
見間違えるはずなどない。
忘れたことなど、ひと時もなかったのだから。
「・・・?」
久しぶりに呼んだ名は雨の音に掻き消され、届くはずもない。
向こうは俺の存在になど全く気づいていないのだろう。
泣きじゃくるガキに精一杯微笑みかけると、再び意識を失い倒れてしまった。
「っ!!」
再び呼んだ名は、自分でも驚くほど力強く、その存在を確かめるように雨の音をかき消した。