「先生っ!先生起きてっ!」
・・・これは、心太君の声?
頭が働かないいまま眼を開けて体を起こそうとすると、右足に鈍い痛みが走った。
「痛っ」
「あ、無理しちゃだめだよ!骨折れちゃってるんだから」
彼の言葉に、私は昨夜のことを思い出した。
夢中で心太君を庇って、あのときはもう助からないかもしれないと思ったのに。
自分の体を確認してみたが、右足以外は大した怪我はないようで、しいて言えば体が鉛のように重いだけだった。
「ここは・・・?それにどうやってあそこから?」
頭に浮かんだ疑問をそのまま口にすれば、心太君は少し困ったような表情で答えた。
「それが・・・朝起きたら、いなくなってたんだ」
「え?」
「昨日、助けてくれた兄ちゃんたちがいないんだ」
「兄ちゃん・・・?」
確かに、あの状況を彼一人でどうにかしたとは思えなかったが、今この部屋には自分たち二人しか見当たらなかった。
「その人達はどんな人だったの?」
「えっと・・・紫の着物で片目を怪我してるお兄ちゃんと、背が高くて黒い眼鏡をしたお兄ちゃんだったんだ」
自分の周りでその特徴に該当するような人物はいない。
では、たまたまこの街に立ち寄った人だったのだろうか。
お礼をしようにもそれだけではどうにもならない。
「他には何か覚えてることある?」
「後は・・・おっきい船に乗ってたよ、倉庫の所にとまってたんだ」
「船・・・じゃあまだ、そこにいるかもしれない!」
急いで立ち上がろうとしたその時、部屋に向かってくる慌ただしい足音が聞こえてきたかと思うと、部屋の扉が勢いよく開けられた。
「「「警察だ!!動くんじゃない!!」」」」
「え・・・?」
突然のことに驚いて固まる私たちに構うことなく部屋を確認したかと思うと、警官はようやくこちらに話しかけてきた。
「この部屋には二人だけですか?」
「ええ・・・何かあったんですか?」
「この宿に、指名手配犯がいるとの通報があったんですが、どうやら逃げられたようですね」
「指名手配犯?!」
「急ぎますので、失礼!!」
そう言い残し、警官たちは再び外へと向かってしまった。
一体なんだったんだろう。
呆然とその場に座っていると、興奮した心太君の声が聞こえてきた。
「先生みて!この人たちだよ!!」
心太君がそう言いながら見ていたのは、さっきの警官たちが落としていった紙で、どうやら手配書のようだった。
「ほら!!」
広げられた紙に映る2枚の写真。
その2人の特徴は、まさにさっき心太君が言った人物そのもので、私は片方の写真から目が離せなくなった。
「高杉・・・晋助・・・」
不敵な笑みを浮かべる隻眼の男。
それは私の知る晋助とは違うけれど、間違いなく、高杉晋助だった。
「晋・・助・・・」
そっと名前を呼んでみても、その返事が返ってくることはなかった。
その後、船がとまっていたという倉庫街に行ってみても何の形跡も残っておらず、私は仕方なく心太君と学問所に戻った。
でも心のどこかで、会わなくてホッとしている自分がいた。
私は彼に会って、何を話したらいい?何から話せばいい?
その答えが見つからない。
晋助が指名手配犯になっている。
その事実だけが頭から離れず、布団に横になっても眠ることなどできなかった。
「ねえ、先生」
「何?心太君」
隣で横になる彼を見れば、真剣な表情でこちらを見つめていた。
「あの兄ちゃんたち、悪い人なんかじゃないよ」
「え?」
「だってあんなに優しくしてくれたよ?」
「・・・」
意識の無かった私には当然昨夜の記憶はない。
直接言葉を交わしていないのだ。
だから彼の言葉に何も答えることができなかった。
「それにね、先生・・・」
「・・・ん?」
「片目の兄ちゃん、先生のことって呼んでた」
「先生のこと、すっごく優しい目で見てたよ?」
「っ・・・」
ねえ、晋助・・・
あなたは今、どこでなにをしているの?
ねえ、お願い。
あなたの声を聞かせて?
きっと、私はあなたと話さなくちゃいけないことがある。