「あ、気がついたかい?」
ぼんやりとした意識の中、ゆっくりと瞼を開けると、そこに映ったのは見慣れない天井だった。
「ここは真選組の屯所だよ。君はあの後意識を失っちゃったんだ」
そうだ・・・確か天人に捕まって連れて行かれそうになった所を助けてもらったんだ。
ようやく状況を思い出しただったが、まだ理解できないことが多すぎる。
隣に座る自分を看ていてくれたであろう青年には、またしても見覚えがあったのだ。
考えれば考えるほど、何から話していいのかわからなかった。
「あの・・・助けていただいて、ありがとうございました」
「いえいえ。ちょっと待っててね。今局長呼んでくるから」
なんとか絞り出した言葉に、青年は優しい笑みを返して部屋を後にした。
これは、夢なんだろうか。
確かに、今まで銀魂の世界に行けたら・・・なんて妄想しまくったこともあったけれど。
ついに脳が暴走してこんなリアルな夢をみせ始めたんだろうか。
背中に変な汗が出てくるのを感じて、慌てて自分の頬を叩いた。
痛い。
夢じゃない。
もう一度叩いても、何回叩いてもの意識はこの世界のままだった。
そして、そんな自分の姿を見られていることなど全く知りもしなかった。
「・・・なあ、ザキ。彼女、頭打ったのかな」
「いえ、特に頭に外傷はなかったですよ」
「じゃあ、事件のショックでこんなことに・・・」
「・・・そう・・なんでしょうか・・・?」
第二話
「君、大丈夫?局長連れてきたよ」
が落ち着いた所を見計らって、山崎と近藤は部屋へと入った。
先程の様子を見て心配していた近藤だったが、こちらを見つめる彼女の瞳は思いのほかしっかりとしていて、ひとまずほっとしたのだった。
「いやぁ、意識が戻ってよかったです。どこか痛むところはありませんか?」
どかっといきなり自分の傍に座りこんだ近藤に、は一瞬びっくりしたが、自分を心配そうに見つめる様子に気付き、慌てて言葉を返した。
「あ、はい。あの、ありがとうございました。助けていただいて」
先程よりも落ち着いたせいか、今度はきちんとお礼を言うことができてがほっとしていると、近藤はそれに笑顔で答えた。
「いえ!もう少し早く助けることができればよかったのですが・・・」
「そんな!気にしないで下さい」
そんないつ終わるともしれないやり取りを繰り返しながら、は目の前の人物が本当にあの近藤だということを実感していた。
ちょっと助けただけの自分のことをこんなに心配してくれる優しさ。
しかもその様子はかなり大げさなのに、不思議とそこに全く嘘っぽさもいやらしさも感じられない人柄。
太陽のような人だな、とは思った。
助けてもらったのが知っている人(こちらが一方的にだが)で本当によかった。
と、安心していたのも束の間、山崎の言葉にはハッとした。
「それで君は、元はどこに住んでいたんだい?」
「え?」
「ほら、あんな店に連れてこられる前は、普通の生活をしていたんじゃないのかな?」
「あ・・・」
すっかり忘れていた。
どうして自分がここにいるのか。これは夢か現実か。
すぐには解決しなさそうな問題が残ったままだ。
とりあえず、今自分がわかっていることだけでも話してしまおうか。
一瞬そんな考えが頭をよぎったが、すぐにそれは消えてしまった。
騒がしい足音とともに、厳しい表情の土方が部屋に入ってきたのだ。
「おい、近藤さん!急いで来てくれ!店の連中がようやく吐き始めたぜ」
「そうか!じゃあ山崎、後は頼んだぞ」
「はい、わかりました」
慌ただしいやり取りを交わして、二人は部屋を出て行ってしまった。
・・・そうだ、この人たちは真選組。
こうやって毎日危険と隣合わせの仕事をしているんだ。
間近でそんな雰囲気に触れてしまうと、自分の身に起こった出来事など不用意に口にできなくなってしまっていた。
自分すらまだ信じきれないこの状況で、うまく説明なんてできるはずもない。
そんな話をしたって向こうを困らせてしまうし、最悪の場合変人扱いされて捕まってしまうかもしれない。
そんなネガティブな考えが頭をよぎってしまった。
「あの・・・山崎さん」
「はい?」
「私なら、自分でどうにか帰れますから。手当していただいて、ありがとうございました」
「本当かい?それならいいんだけど・・・」
心配そうに自分を見る山崎にもう一度お礼を言って、は立ち上がった。
屯所の門まで連れて行って貰う間にも隊士たちとすれ違ったが、皆厳しい表情で慌ただしく動き回っていた。
漫画の世界ではない。
現実にこの世界は動いていると思わざるをえなかった。
「近藤さんにもよろしく伝えておいてください。お世話になりました。
「うん、気をつけてね」
笑顔で手を振る山崎に軽く笑みを返して、は門の外へと足を踏み出した。
さて、これからどうしようか。
あたりを見回しても、当然全く知らないものばかりで、行くあてなんてない。
でも、そこら辺をふらふらしているうちに、もしかしたら元の世界に戻れるんじゃないか。
そんな淡い期待をまだ抱いていたは、とりあえず屯所を後にしたのだった。