人通りの多い方へと向かっていくと、そこには本当に銀魂の世界が広がっていた。

「すごい・・・」

街並みも、通りを歩く人たちの格好も、空を飛ぶ船も、全てが確かに存在している。

そんな賑やかな雑踏をあてもなく歩けば、自分だけがなんとなくこの世界から浮いているような気がして。

それでも上を見上げれば、冬の空に太陽が高く昇って、町に燦々と降り注いでいる。

この太陽は、自分の世界のものと同じものなんだろうか。

ぼんやりとそんなことを思った。







第三話










「お姉さん、お姉さん」

目の前に現れた人影に、はようやく自分が話しかけられていることに気がついた。

見れば、営業スマイルを浮かべた男性がその手に着物を持って立っていた。

「見慣れない格好をしてますけど、天人ですか?どうです、この着物なんかよくお似合いになると思いますよ?」

そう言われて改めて自分の格好を見れば、ジャケットにパンツという仕事帰りのままであった。

これでは周りから浮いていて、目を付けられても仕方がない。

「いえ、結構です」

こういう接客断るのって苦手なんだよなあ、と思いながらも笑顔を作って、はその場を去ろうとした。

今、自分は何も持っていない。

どういう訳か、体一つでこちらの世界に来てしまったようなのだ。

買う気もお金もないのに付き合わされてはたまらない。

しかし、店員もそう簡単には諦めてくれず、これなんかお安くなってますよ、と喰い下がってくる。

しばらくそれに付き合っていれば、作っていた笑顔もいつしか消えて。

さすがに付き合いきれないと店に背を向けて歩き始めたとき、突然白い塊が自分の前に現れたかと思うと、次の瞬間、の体は宙を舞っていた。















同じ頃、真選組屯所内の一室では、近藤と土方が例の事件について話していた。

「なあ、近藤さん。この件、どう思う?」

「一つ気になっているんだが・・・」

「人身売買のルートのことか?」

「ああ。働かされていた女性は地球以外からも連れてこられているにも関わらず、どうやって攫われてきたのか覚えていないと言っていた。おかしいだろう?」

「それについては店員から聞き出そうとしてるんだが、知らねえの一点張りだ。何か隠してやがるに違いねえ」

「そうだな。何としても吐かせるんだ。頼んだぞ、トシ」

「ああ。任せといてくれ」







不敵な笑みを残して土方が部屋を出て行った後、近藤は店で保護した女性たちの事が気になり、山崎の元へと向かった。

あの一件で保護した女性は10名ほどで、そのほとんどは地球人とさほど容姿の違わない天人だった。

それぞれの事情聴取をした後、頼る者があればそこへ、星への還り方がわかる者にはその手配をするようにと山崎に言っておいたのだ。

足早に廊下を進むと、丁度部屋から出てきた山崎とはち合わせた。

「おお、山崎。頼んでいた仕事は終わったか?」

「はい、皆それぞれ帰られました」

「そうか、それならよかった」

近藤がほっと笑顔をこぼすと、それを見た山崎は表情を曇らせた。

「ただ・・・」

「ん?どうした?」

「今しがた最後の一人を送り出してきたんですけど、彼女だけ、何もなかったんですよ」

「どういうことだ?」

「他の人たちは店や地下から何かしら所持品というか、身の回りのものが見つかったんですが、彼女には何もなかったんですよね」

「・・・それで、彼女は?」

「私なら大丈夫です、って屯所を出て行ったんですけど、気になって。やっぱり俺、捜してきます!」










山崎の話を聞いて、近藤は彼女のことを思い出していた。

昨晩の自分が助けに入ったときの怯えた表情。

屯所で意識を取り戻した時の考え込んだ様子。

それでも精一杯自分たちに返してくれた笑顔。

それらを思えば、彼女が気を使って早々とここを出て行ったことは容易に想像ができた。

「待て、山崎!俺も行く」










どうしてもっと早くに気づいてあげられなかったのだろうか。

外へと向かいながら、そんな思いが近藤の心の中を支配していた。




























べろん、と自分の顔に生温かい感触がして、は目を覚ました。

なんだかふわふわして気持ちがいい。

自分の周りをよく見れば、白い毛に包まれている。

ハッとして起き上がってみれば、そこにいたのは巨大な犬。

「もしかして・・・定春?」

恐る恐る、その大きな瞳に問いかければ、わんっ、と大きな声が返ってきた。

さっきぶつかった白い塊は、彼だったのか。

先程の衝撃を思い出して、犯人が彼ならば当然だと納得した。

それから辺りを見回せば、そこは見覚えのない河原で、すっかり日も暮れていた。

ぶつかった場所からこの河原まで自分が飛んだのかと思うとぞっとしたが、特に怪我はないようだ。

もしかしたら定春がクッションになってくれたんだろうか。

じっとその目を見つめてみれば、大きな瞳もこちらを見つめ返してきた。

桂さんじゃないけれど、何度この体でもふもふしたいと思ったことか。

目の前の存在に噛みつかれるかもしれない恐怖よりも、触れたい欲求の方が勝ってしまう。

横たわる定春にそっと寄り添い、優しく撫でてみれば、彼は大人しくされるがままになってくれた。









夕日で赤く染まった景色を眺めながら、ただ時間だけが過ぎていく。

残念ながら、いつまでたってもこの夢が覚める気配はなかった。

「ねえ定春・・・私、これからどうなっちゃうのかな」

答えが返ってこないとわかっていても、一人でこうしていると、問いかけずにはいられなかった。

「これがもし悪い現実なら、早く元の世界に返して・・・」

そう言って自分の体にが顔をうずめても、定春は大人しくその場を動かない。

そんな様子を、遠くから一人の少女が見ていたが、しばらくしての方へと向かって歩き始めた。

「定春〜!捜したアル!」

その声に、はハッとして顔をあげた。







こちらへ駆け寄ってくるのはチャイナ服の少女。

間近でみるその姿は、が想像していたよりも小さく可愛らしかった。