「神楽ちゃん」





・・・私を呼ぶ優しい声。





温かくて、包み込むようなその声の主は一人しかいない。















・・・!」
その姿をとらえて抱きつけば、それをそっと受け止めて、彼女は優しく頭を撫でてくれる。
神楽はにそうされるのが好きだった。
母親が死んでしまってから、少し年の離れたのことを姉のように、そして母親のように慕ってきたのだ。
家に一人でいることの多かった神楽にとって、彼女は唯一甘えることのできる存在だった。








ただこのときは、どこかの様子が違っていた。
その違和感の正体を考えながら、神楽は彼女にされるがままになっていたのだが、ぽたり、ぽたりと自分の頭に何かが当たる感触に気がついた。
雨でも降ってきたのだろうかと顔をあげれば、目に映ったのは夜空に輝く満月と、その光に照らされたの涙だった。
?!どうしたアルか?!」
そう問いかけても、はこちらを見つめたまま静かに涙を流しているだけで答えてはくれなかった。
彼女のこんな表情を見たことがない。
悲しそうで、それでいて何かを決意したように揺らぐことのない瞳。
神楽の胸に言い知れぬ不安が込み上げてくる。
「・・・?」
聞こえるか聞こえないかという微かなその声に、はゆっくりと一度瞳を閉じてからその視線を神楽に向け直した。
「ごめんね、神楽ちゃん・・・お別れだよ」
驚くほど冷たいその声に、呼吸することすら忘れてしまった。
金縛りにあったように、神楽の体はその場から一歩も動くことができない。
そんな神楽を一瞥し、は背を向けてゆっくりと歩きだす。
何か言わなければ彼女はこのまま行ってしまう。
そんな気持ちとは裏腹に、自分のすぐ横をゆっくりと通り過ぎた気配が驚くほど速いスピードで自分から遠ざかっていく気がした。
あの瞳を見たときに直感的にわかってしまっていたのだ、初めに感じていた違和感の正体と、並々ならぬ彼女の決意に。
そしてきっと、もう二度と帰ってはこないのだろうと。
「っ・・・・、ーっ!!」
やっと叫んだたその名も彼女に届くことはなく、空しく夜空に響くだけだった。























   予   感
























いつものように穏やかな昼下がり、銀時はソファーに横になってジャンプを読んでいる。
しかしそれは突然の神楽の絶叫によって見事にぶち壊された。
ーっ!!」
「うおっ?!」
落としたジャンプを拾うことも忘れ、銀時は向かいのソファーに寝ている神楽を見た。
先程までは気持ち良さそうに寝ていたはずなのに、その顔にはうっすらと汗をかいている。
「おい〜、神楽?お前大丈夫か?」
銀時の言葉に、ようやく意識がはっきりしてきた神楽はゆっくりと体を起こし、額の汗をぬぐった。
その表情は普段の彼女からは想像ができないほど苦しそうに歪んでいる。
「なんで・・・」
「ん?」
「こんな夢・・・なんで今頃みるネ、もうずっとみてなかったのに・・・」
ただならぬ様子の神楽に、さすがの銀時も一瞬言葉に詰まる。
とりあえず落としたジャンプをテーブルに置いて、神楽のソファーに座る。
それでもまだ、神楽の意識は銀時には向かなかった。
しばらく様子をうかがってみても変化がなく、しかし彼女の過去を大まかながらも知っている銀時としてはうかつなことは言えず、取り合えず安心させようと笑いかけた。
「・・・悪い夢なんて気にすんな。さっさと忘れちまえ、な?」
ポン、と頭をなでるその仕草に神楽の顔が更に苦しそうに歪んだことに、そのとき銀時は気付かなかった。