「あ〜あ、ずっと船の中じゃ退屈だなぁ・・・」
窓の外を眺めながら、神威はつぶやいた。
さっきまでここにいたは上の者に呼び出されてしまい、今この部屋には阿伏兎と彼しかいない。
この状況に、先程のあのセリフ・・・もう十分自分の死亡フラグが立ってしまっていると阿伏兎はげんなりしていた。
そわそわしている神威の様子を注意して観察しながら、とりあえず間を持たせようと、の話題を振ってみることにする。
「そういえば・・・は一人で呼び出されてるんだろう?いいのかい、先に地球に行かせることになっても」
その言葉に神威はゆっくりと振り返り、いつもの笑みを張り付けたままで、なんでそんなことを聞くのかとわざとらしく首をかしげる。
「別に何も気にすることないじゃないか。は強いし、一人でも問題ないよ」
「まあ・・・それはわかってるんだが・・・」
「じゃあ何?はっきり言いなよ、阿伏兎」
笑顔のままでも恐ろしいほどの威圧感。
いつものことながら怖い人だ、と阿伏兎は思う。
しかもの話題を出したのは失敗だったと今更ながらに後悔した。
「いくら強いっていってもは一応女だ。相手が相手だけに万が一ってこともあるだろう?それにアイツは甘い所があるからな」
言葉を選びながらそう尋ねれば、神威の瞳がスッと開き、先程までとは違った笑みを浮かべた。
「彼女に甘い所があるのは確かだ。まあ、万が一ってことになれば、もようやくその甘さが捨てられるんじゃない?いい機会だよ」
語尾にハートがつきそうな笑顔で言ったセリフは、恐ろしく残酷なものだった。
阿伏兎の知る限り、彼が最も心を許しているのは彼女だろうと思う。
神威が春雨に入った当初から、いつもその隣にはがいた。
そしてはといえば、神威とは対照的に戦闘や殺しを好まない性格ながらも、懸命に彼の傍に立ち続けてきたのだ。
それらのことを神威本人がどこまで自覚しているのかは定かではないが、予想しなかった冷酷な言葉に、阿伏兎はまたこの話題に触れたことを後悔したのだった。
そんななんともいえない空気の部屋に、コンコン、とノックの音が響く。
「神威〜、阿伏兎〜、入るよ?」
開いたドアの向こうに立っていたのはで、まさかさっきの話を聞かれたのではないかと阿伏兎はどきっとした。
しかし、部屋に入ってきたの様子はいつもと変わらず、スタスタと神威の元に歩み寄っていく。
そんな彼女を神威はおかえり、と迎えた。
「やっぱり、先に地球に行けってさ。上司命令じゃしょうがないし、今から行ってきます」
ヘラっと笑った彼女を、神威はぎゅっと抱きしめ、その耳元に唇を寄せて囁く。
「心配はしてないけど、俺をがっかりさせるようなことはしないでね、」
送り出すにしては随分とそっけない言葉と、それとは正反対の熱い抱擁。
彼らのこんなスキンシップはいつものことで、阿伏兎はまたか、とため息をつく。
先程一瞬ぴくりと彼女の体が震えたのは、神威の言葉のせいなのか、それとも彼が彼女の首に噛みついたからなのかはわからない。
それでも阿伏兎には、この二人の関係が神威の言うほど残酷なものではなく、自分の感覚では言い表せない複雑な糸で繋がっているように思えて仕方なかった。
気づかないことは罪ではないけれど
午前7時、いつもならまだぐっすり眠っているはずのこの時間に、銀時は眠い目をこすりながら支度をしている。
依頼人との待ち合わせの時間には十分間に合いそうだと時計に目をやり、それから神楽の眠る押入に目をやった。
あの日以来、彼女が夢にうなされたり、寝言で叫ぶようなことはなかった。
普段の様子も特に変わらなかったのだが、毎晩寝る前に少しだけ不安そうな顔をするようになったことを銀時は知っていた。
神楽が自分から何か話さない限り、自分はとりあえず見守ってやろうと考えていたのだが、事態が改善する様子は未だにない。
「・・・どうしたもんかねぇ」
ため息とともにそう言い残して、銀時は部屋を後にした。
丁度同じ頃、は一人ターミナルに降り立った。
地球が見えてきたあたりから、その美しさにすっかり機嫌を良くしたは、満面の笑みでエレベーターに乗り込む。
任務に関して彼女自身ほとんど不安を感じていなかったこともあって、その気分は終始晴れやかである。
ゆっくりと下降を始めたそこからは江戸が一望でき、そのどれもが初めてみるものばかりですっかり目を奪われていた。
仕事の前にどこに寄って行こうかと考えながら、遠くの方まで目を凝らして眺めてみれば、地平線のあたりにうっすら見えたのは、沈みかけている銀色の月だった。
サブタイトルは確かに恋だったサマより