「それじゃあ、よろしくお願いします」
深々と頭を下げる依頼人に軽く挨拶をし、銀時は愛車にまたがった。
今回の依頼は、頼まれたものを届けるだけという珍しくシンプルなもので、これならさっさと片付けられる、そう思いながら銀時はスピードを上げた。
その時微かに感じた違和感。
心なしかいつもより加速が悪い気がした。
「・・・こりゃまたじじいんとこ持ってくしかねえな」
まだ人の少ない町を走りながらそんなことを考えていたせいで心にわずかな隙ができていた。
直後、銀時は目の前を横切ろうと飛び出してきた子供に一瞬反応が遅れてしまった。
「っ?!」
やばい!そう思ってブレーキをかけても間に合うはずもなく、とっさの判断で道路脇の河原に突っ込むことを選びハンドルを切る。
しかし、思うようにコントロールが利かずにそのまま突っ込んでいってしまう。
「くそっ・・・!!」
もうダメか、そう思った時、目の前に人影が見えたかと思うと、激しい衝撃に襲われた。
絶望的な気持ちとともに宙を舞いながら、銀時は落下した時の衝撃を覚悟していたのだが、しばらくしてもそれは来なかった。
「あの・・・大丈夫ですか?」
自分に向けてであろうその言葉に、恐る恐る目を開ければ、一人の女が子供を抱え、自分のスクーターを片手で受け止めている。
銀時は目の前の光景がにわかには信じられなかった。
この女のどこにそんな力があるのだろうか。
相当な衝撃であったはずなのに、女に受け止められたスクーターの一部分が凹んだだけで、女の方はけろっとしていた。
その女は、泣いている子供を下し、頭を撫でて見送ると、先に下したこちらの方へと歩み寄ってくる。
透けるような白い肌と、淡いブルーの瞳に、銀時は一瞬目を奪われた。
しかし彼女は、銀時にずいっと近づくと、その瞳を鋭く光らせた。
「危ないじゃないですか!危うく子供もあなたも大怪我・・・もしかしたら死んでたかもしれないんですよ!」
その迫力に思わず、すみませんでした、と謝ると、彼女はにこっと笑った。
「でも良かったです、二人とも無事で」
そういうと、彼女は背を向けて歩きだす。
銀時が慌てて呼び止めようとしたとき、彼女が傍らに置いてあった物を拾い上げるのを見て、それが見覚えのあるモノだと気がついた。
彼女をすっぽりと日差しから覆う紫色の大きな番傘は、銀時のよく知る少女のものと同じ。
それならば、先程のことも納得がいった。
「・・・あんた夜兎か?」
その言葉に、彼女は立ち止まり、首から上だけを振り返った。
「私たちのこと、ご存じなんですか?」
「ああ、知り合いに一人いるんだよ。怪力、大食らいのチャイナ娘が」
そう答えながらわざとめんどくさそうに笑う銀時を見て、彼女はふっと笑みを漏らした。
彼女の頭に浮かぶ幼い少女の姿。
思い出すのは泣き顔ばかりで、チクリと胸が痛んだ。
「そのコは・・・大切にされているんですね」
「イヤイヤ、こっちは色々迷惑掛けられっぱなしで正直困ってんだけど」
そう話す銀時を見つめる彼女の瞳は、ほんの少し揺らいでいて、それをごまかすように彼女は微笑む。
それでも、隠しきれない悲しみの色が銀時には見えてしまった。
こんなとき、無駄にそういうものが見えてしまう自分が嫌になる。
「私の知り合いにもいるんです、そんな子が」
「へえ・・・もしかしてその子の名前、神楽とかいわねえよな?」
冗談まじりに言った銀時の言葉に、その場の空気が一瞬凍りついた。
表情を無くした彼女の瞳が、どこか遠くを見つめている。
「え・・・?もしかしてリアルに知り合い?」
「・・・いえ、違いますよ」
にっこりと笑う彼女。
その笑みは先程と同様に感情を隠すようなもので、銀時はたまらず言葉を続ける。
「でも、」
「気のせいですよ。いくらなんでも、そんな偶然あるわけないじゃないですか。じゃあ、失礼しますね」
有無を言わせない彼女の口ぶりに、銀時は黙るしかなく、遠ざかっていく背中を見つめながら小さくため息をついた。
彼女の最後に見せた笑顔がまだ目に焼き付いていて、なんともいえない気持ちだけが胸にくすぶっている。
それをごまかすようにゆっくりとへこんでしまったスクーターを起こして、とりあえず源外の所へと向かうことにした。
・・・神楽には、このことを伝えるべきなのだろうか。
先程の様子からして、知り合いなのは間違いなさそうだが、下手に自分が首を突っ込んでいいものか。
言ったところで、もう会う機会などないのかもしれないのに。
「あ〜あ・・・面倒くせ」
そんな思いを巡らせながら、銀時は今歩いてきた道を振り返った。
「しっかし・・・哀しそうに笑うのな」
もうとっくに彼女の姿は消えてしまっているはずなのに、その道の先で彼女が笑っているような気がした。
逆 光 の キ ミ
確かに恋だった様より。