「はぁ・・・」
ため息をついたのはもう何回目だろうか。
お昼時を過ぎた店は随分落ち着き、厨房は一人で大丈夫だから休憩しておいで、というお絹さんの言葉に甘えて店の裏の縁側に座ったものの、出てくるのはため息ばかり。
正直、こんなときに仕事があってよかったと思う。
何かしていないと時間が経つのが遅すぎて、私は今頃発狂していたんじゃないだろうか。
さっきまで顔を出していた太陽が雲に隠れてしまうと、なんだか急に寒く感じられた。
そんなときに聞こえてきたのは、私のよく知る人の声。
「よぉ、今休憩中か?」
土方 十四郎、真選組の鬼の副長と恐れられる男。
タバコをふかしながらこちらへと歩いてくる姿からは、そんな雰囲気は感じられない。
「・・・土方さん。いつからいたんですか」
「そうだな、お前が外に出てきたあたりか」
「なっ?!最初からいたんですか?なんですぐ声かけてくれなかったんです?!もしや覗き・・・」
「ばっ、違ぇよ?!お前があんまり深刻な顔してっから、声かけるタイミング逃したんだろうが!」
「え・・・」
マヨラーで、瞳孔はいつも開き気味だけど、その本質は、きっとすごく優しい人。
*
もう寝よう、そう思って布団に入ると、枕元の携帯が派手に光り始めた。
こんな時間にかかってくる電話なんてきっとろくなもんじゃない。
そう思って携帯を手に取ると、ディスプレイにはお絹さんの文字。
慌てて出ると、聞こえてきたのは元気のないお絹さんの声。
どうやらお絹さんはぎっくり腰になってしまったらしい。
やっとオープンした定食屋も、1週間はお休みだね、という残念そうなお絹さんの声に、私はそのままそうですか、ということはできなかった。
「私にできる限りのことをさせてください。なんとかお絹さんの分も頑張りますから」
そういうと、初めは一人じゃ無理だよ、と断られたけれど、私の気迫に押されたのか最後には了承してくれた。
「ただし、あんまり無理するんじゃないよ?あんたは頑張りすぎるところがあるからね」
「はい。ありがとうございます」
*
そうだ。
今思えば、これがすべての始まりだった。
「おい、いつまでぼーっとしてる」
隣から聞こえた声にハッとすると、そこには呆れたような土方さんがいた。
「・・・何考えてた?」
「いえ、ちょっと。昔のことを思い出してただけです」
はぐらかすように笑った私を見て、土方さんは、そうか、というとそれ以上は何も聞いてこなかった。
彼のこういう所が、私には心地よかった。
だからきっと、なんでも素直に話すことができる。
「そういえば、土方さんは私に何か用事だったんじゃないですか?」
「・・・いや、まあちょっとな」
珍しく歯切れの悪い土方さんの様子を見て、私は何となくその先を想像することができた。
「・・・銀ちゃんのことですか?」
そう尋ねれば、切れ長の瞳がゆっくりとこちらに向けられる。
「・・・ああ。まだ、帰ってきてねーんだろ?」
「はは、なんでもお見通しなんですね・・・」
精一杯軽く返したつもりなのに、私を見る土方さんの眼は心配そうで。
ああ、やっぱりこの人には隠し事はできないな、と思った。