「じゃあ、そろそろ行きますね」
そう言っては立ち上がった。
結局、肝心なことは何も話せないまま、俺は店へと向かうアイツの姿を見ているしかないのか。
「・・・土方さん」
店に入る直前、は立ち止まってこちらを振り向いた。
「仕方ないんです。銀ちゃんがどんな事をしてきて、どんな事をしているのか、それを踏みこんで聞けるだけの勇気が、私にないだけなんですから。土方さんが気にすることじゃありませんよ」
力なく笑って、アイツは中へと戻っていった。
こんなときに気のきいた言葉の一つも浮かんできやしねぇ。
そんな自分が腹立たしかった。
総悟に連れられて定食屋に行った数日後、俺は深夜の見回りの帰りにその店の前を通りかかった。
いつもならとっくに店の灯りは消えているはずなのに、その日はまだ灯りがついていた。
何かあったのだろうか、そう思ったが、たまたま遅くなっただけかもしれないと思い直して店の前を通り過ぎようとしたとき、中からガシャーン、と大きな音がした。
「っ!!」
慌てて店のドアを開ければ、中で女が倒れていた。
「おい!大丈夫か?!」
急いで女のもとに駆け寄ってその体を抱き起こしてやると、すいません、と小さな返事が返ってきた。
「何があった?!」
店の中を見回しても、特に荒らされた様子はない。
ただ、この女の顔色は悪く、体に力が入らないようだった。
「すいません・・・何でもないんです」
そう言って起き上がろうとするができるはずもなく、俺の腕の中で力なくうなだれている。
とりあえず、こんな状態ではらちがあかない。
そんなことを思いながらしばらく様子を見ていると、突然女は力いっぱい拳を握りしめて体を震わせた。
「・・・っ」
「・・・おい、泣いてんのか?」
そう問いかければ、女はゆっくりと顔をあげた。
血が出るんじゃないかと思うほど唇を噛みしめ、目の淵に今にもこぼれそうなほど涙を溜めたその顔は、必死に泣くのを我慢するガキのようだった。
こんな表情、どっかで見たことがあるような気がする・・・。
ふと浮かんだのは、いつも何かと自分を狙ってくるドS野郎の昔の姿。
泣いてる女はどうも苦手だが、コイツの場合は女っっつーよりもガキだな、そんなことを思うと自然に口元が緩んだ。
「おい、とりあえずどっからでもいいから俺に話してみろ」
そう言ってポン、と頭に手をやると、女はそれをきっかけに今度は声をあげて泣き出した。
それから話を聞いていけば、どうやらコイツは店のおばちゃんが店に出れない間、一人で厨房を切り盛りしていたらしい。
そういえば、初めて店に来た日、店員がそんなことを言っていたような気がする。
なんとか数日乗り切ったのだが、疲労がたまって思うように体が動かず、こんな時間まで明日の仕込みをしていて、ついにぶっ倒れたのだ。
「なんつーか・・・・、誰かに手伝ってもらえなかったのか?」
そう尋ねれば、その言葉を予想していたようにそいつは苦笑いした。
「・・・店員のおばちゃんは家のこともあるみたいでなかなか言えなくて・・・。それに、こういうときに役に立てなかったら、今まで私を助けてくれたお絹さんに何にも返せない気がして・・・。でも、私がただ意地になってただけなのかもしれないですね」
コイツの言うことを聞いていると、どうにも他人事に思えないのは、俺自身にもそういう部分があるからかもしれない。
それに、こうして話を聞いたからには、なんとか力になってやりたいと思っていた。
「明日からどうすんだ?」
「・・・なんとか店を休むことだけはしたくないんです。でも・・・」
「あいにく俺は仕事があって手伝ってやれねーが、どんなんでも手を借りたいっつーなら、アテがないわけでもないぜ」
「え・・・?」
・・・アイツらに頼みごとをするのは少々癪に障るが、今はそんなことよりも店のほうが大切だ。
「あんな奴らでも、いねーよりはマシだろ。俺が話つけといてやる」
「あ、ありがとうございます!えっと・・・」
「土方・・・土方十四郎だ」
「ありがとうございます、土方さん!私はといいます」
そう言って、俺はその日初めての笑顔を見た。
散々泣いた後で目も少し腫れていたが、その笑顔は見ていて気持ちのいいものだった。
全く・・・泣いたり笑ったり、忙しい奴だ。
自然と表情が緩むのが自分でもわかる。
「じゃあゆっくり休めよ、」
俺の言葉に、はい、と嬉しそうに笑ったアイツの笑顔は、その日屯所に帰るまで頭から離れなかった。
こんなこと、総悟が知ったら、また余計なこと言われんだろうな。
俺の予感は的中し、その後屯所で万事屋に連絡しようとしたところを総悟に見つかり、なんやかんやで結局皆にこのことがバレちまった。
「仕事サボってナンパとは副長失格ですぜぃ。死ね、土方コノヤロー!!」
「ああ、副長にもようやく春が・・・」
「・・・てめぇらいっぺん死んでこい!!」